浪漫版イラスト

タイトル:『浪漫版 六十余州名所図会 紀伊 和歌の浦』
制作日:2026年1月14日
本作は、現地写真をもとに Stable Diffusion と Photoshop を組み合わせ、浮世絵風の構図と現代キャラ表現を融合して制作しています。
題材は歌川広重の《六十余州名所図会》にも描かれた紀伊・和歌の浦。
江戸時代からの名所を、現地の空気感と浪漫版特有の情緒を組み合わせて再構成しています。
キャラクターには落ち着いた和装を採用し、浮世絵の世界観になじむ穏やかな雰囲気を添えています。
本作では、岬のほうへと歩く少女の姿を通して、鑑賞者も奥に見える和歌の浦へ自然と意識が向かうような印象を、そっと与えています。
また、本作では動物を描くことに初めて挑戦し、広重の浮世絵にも登場する鶴を配することで、江戸時代の伝統に連なることを目指しました。
技術スタック
[AI Tools] StableDiffusion
[Model] AnythingXL_v50
[ControlNet] Canny
[Prompt] Original
[Others] Photoshop
和歌の浦について
和歌の浦(わかのうら)は、和歌山県和歌山市南西部に広がる景勝地の総称で、干潟や砂嘴、丘陵地、松原、社寺が織りなす風致景観から、古来より名所として親しまれてきました。神亀元年(724年)、聖武天皇の行幸に際して山部赤人が「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」と詠んだ歌は、『万葉集』に収められ、和歌の浦を象徴する情景として今日まで語り継がれています。この歌に由来し、片男波の地名が生まれたとも伝えられています。
平安時代に入ると、高野山や熊野への参詣の帰途に和歌の浦を訪れる人々が増え、玉津島を中心に歌枕の地として名声を高めていきました。玉津島神社は和歌上達の神を祀る社として信仰を集め、多くの歌人がこの地に歌を残しています。こうした背景から「若の浦」は次第に「和歌の浦」と呼ばれるようになり、和歌と深く結びついた土地として認識されるようになりました。
戦国時代には、豊臣秀吉 の命を受けた羽柴秀長によって和歌山城の築城が進められ、古来の名勝「和歌浦」にちなんで城下町が「和歌山」と名付けられました。和歌の浦は、地名そのものの起源としても、歴史の転換点に深く関わっています。
近世には紀州藩によって名所として整備・保護され、奠供山や鏡山から望む不老橋、妹背山、片男波の松原へと連なる眺望は、多くの絵画や紀行文に描かれました。江戸時代には 松尾芭蕉 をはじめとする俳人もこの地を訪れ、海と空、干潟と松原が生み出す静かな余情に心を寄せています。
本作では、こうした和歌の浦の成り立ちと、万葉以来受け継がれてきた文学的情景をふまえ、現地写真をもとに AI 技術と Photoshop を組み合わせて再構成しています。

作品の元になった現地写真

撮影日:2019年10月5日
撮影地:雑賀崎 番所庭園
仕事の関係で名古屋に暮らしていた当時、和歌山方面へのツーリングで訪問した写真になります。
この場所に足を運んだことをすっかり忘れていましたが、写真を漁っていた際に見つけて、潮風がそよぐ公園の心地よさがとても懐かしくなりました。
また、六十余州名所図会に和歌の浦が描かれていることは知っていましたが、調べていくうちに、この場所が和歌の浦を望む地であることがわかり、浮世絵もまったく知らなかった頃に、偶然にも江戸時代の名所を訪れていたことが嬉しくなり、すぐに作品を制作しました。
広々とした岬、そこから望む和歌の浦と大島の光景が、撮影した写真のなかで特に印象深かったため、本作のベースとして採用しています。
位置情報
所在地:和歌山県和歌山市雑賀崎番所ノ鼻
現地名:雑賀崎 番所庭園

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