《浪漫版 六十余州名所図会》『伊勢 朝熊山峠』

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浪漫版イラスト

タイトル:『浪漫版 六十余州名所図会 伊勢 朝熊山峠』

制作日:2026年1月17日

本作は、現地写真をもとに Stable Diffusion と Photoshop を組み合わせ、浮世絵風の構図と現代キャラ表現を融合して制作しています。

題材は歌川広重の《六十余州名所図会》にも描かれた伊勢・朝熊山峠。
江戸時代からの名所を、現地の空気感と浪漫版特有の情緒を組み合わせて再構成しています。

キャラクターには落ち着いた和装を採用し、浮世絵の世界観になじむ穏やかな雰囲気を添えています。
本作では、峠の展望所で微笑む少女の姿を通して、鑑賞者自身もまた、壮大な景色を前にしているかのような印象をそっと描いています。

技術スタック
[AI Tools] StableDiffusion
[Model] AnythingXL_v50
[ControlNet] Canny
[Prompt] Original
[Others] Photoshop

名所について

朝熊山(あさまやま)は、三重県伊勢市と鳥羽市にまたがる標高555メートルの山で、正式には朝熊ヶ岳(あさまがたけ)と称されます。伊勢志摩国立公園の最高峰であり、日本百景にも選定された、伊勢志摩を代表する霊山です。山頂付近からは伊勢平野や伊勢湾を一望でき、天候に恵まれれば遠く富士山を望むこともできることから、古くより眺望の地として知られてきました。

朝熊山は古代より山岳信仰の対象とされ、825年(天長2年)には弘法大師空海が南峰東腹に金剛證寺を建立したと伝えられています。中世以降は伊勢信仰と結びつき、伊勢神宮の鬼門を守る寺として「伊勢神宮の奥之院」とも呼ばれるようになりました。「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」という伊勢音頭の一節が今に伝えるように、江戸時代にはお伊勢参りを終えた人々が朝熊山へ登ることが習わしとされていました。

また、戦国時代から江戸時代初期にかけては、統治権力の及びにくい場所として知られ、豊臣秀吉の勘気を受けた尾藤知宣が潜伏した地とされるなど、歴史の陰影を帯びた側面も持ち合わせています。江戸期以降は、宗派を問わず故人を弔うために朝熊山へ登り、金剛證寺奥之院に塔婆を立てて供養する「岳参り」の風習が根付いてきました。境内には松尾芭蕉の句碑も残されています。

本作では、現地で撮影した写真をもとに、AI技術とPhotoshopを組み合わせ、朝熊山が持つ霊性と、峠から見渡す壮大な眺望を、浪漫版として再構成しています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
歌川広重《六十余州名所図会 伊勢 朝熊山峠の茶屋》
https://dl.ndl.go.jp/pid/1308308

作品の元になった現地写真

撮影日:2019年10月13日

撮影地:朝熊山頂展望台

仕事の関係で名古屋に暮らしていた当時、伊勢志摩方面へのツーリングで撮影した写真になります。
訪問した当時は、景色がすばらしい観光地という印象でしたが、後に江戸時代の浮世絵に描かれるほどの歴史的な名所であることを知り、また別の側面からこの場所の良さを感じるようになりました。

地平線まで見渡せる峠からの壮大な景色と、「朝熊山」と記された丸太の標柱が印象深く、本作のベースとして採用しています。

位置情報

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この記事を書いた人

AIとPhotoshopで浮世絵風アートを制作しているHaseoです🎨
江戸時代の浮世絵に描かれた風景や文化、美人画などを、現代の感性で描き直し、新しい浪漫を表現します✨

また別ブログでは、珍スポットの現地レポートもしています👇
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